

やっぱり愛されることで埋まる孤独もあれば、愛することでしか埋まらない孤独もあると思う。だから愛をひっかけるための釘なんだよね📌
愛は「唯一無二の運命の相手に巡り合う」ところから始まるのではなくて、その人を愛してみようと決めるところから始まる、という部分もあると思う…うまく言えないけど。
今ここにいて自分に出会ってくれた偶然性こそが唯一無二なんだって気もする。人生は一回きりで、人間はめちゃくちゃ多くて、そのうち9割以上の人とは関わらず死んでいくから。
星の王子様の薔薇が特別なのは、その薔薇にかけた時間のためだというのが好きだ。時間を割いたから特別になる。時間という絶対取り戻せない資産を使った。同じ時間を共有した。その経験が他の薔薇との価値を決定的に分けている。他の薔薇と王子様の薔薇のちがいはたったその一点で、それは客観的な価値ではなく極めて主観的な価値で、主観的な価値というのは比較できないため強い。
でも逆にいうと、この人に時間を使おう、と思える程度の好意や特別性は愛の始まりに必要不可欠かも。それはそうか。
こういう鬱陶しいことを平気で書ける場があるの嬉しい🫶畳む

◾️映画観て初めて、狂児にとって聡実くんって可愛すぎん?と気がついた。紅歌うの裏で聞いてた狂児の視点考えたことなかった。「超えて」可愛く思っても仕方ないかも…狂児の人生に降ってきた最も美しい瞬間じゃん…。
聡美くんがモナリザになってるあの絵が好きなんだけど、狂児は聡実くんのことを一つの絵画のように思ってるのかな。自分が死んだと思って泣きながら、最後のソプラノ使い切って歌ってくれた中学生の男の子。確かに、絵画かも…。
■映画部について
もともと、ヤクザの狂児とのカラオケレッスンが聡実くんにとって唯一の逃避場所として機能していたのがすごく良かったんだと気が付いた。中学生の世界なんて本当に狭くて、だから余計に特別で鮮烈だった。今回の映画では、逃げ場としての機能を映画部が相当量担ってたので意味合いが変わりそうな気がした。狂児の存在も映画部の子に明かしていたし。やっぱり、高校の卒業文集に書くまで誰にも言わないまま聡実くんの胸のうちにだけ秘められていた出来事であることが本当にいいから。でも、映画部の子のキャラ自体はめっちゃ好き。
■泣きギレする聡実くんの流れについて
泣きギレの流れが若干違ってて、どちらも聡実くんの幼さが出ていてよかったが、狂児への甘え、八つ当たりの感じがよく出ていた原作の流れ、好きだな…。映画の方ももちろん可愛いが…。違いがあったことで私が原作のどこに萌えてたのか気付けて良かった。狂児なんかに甘えてしまえる背景として、逃避場所のなさと、狂児が自分を子どもとして扱っていることと、その狂児の態度に「甘い特別さ」を見出してしまえること、の3点があったと思う……。ハァ…。ここが一番好き。甘えと八つ当たりを自覚している聡実くんは本当に聡い。
◾️原作改めて読み返して本当に思うけど、狂児の懐かしく苦いリアルな存在感ってなんなんだろう?狂児のような人間に出会ったことがあるわけではないのに、くらっとするほどノスタルジー。畳む

ファミレス行こ。上
a.co/0SgOH5k
取り急ぎ、ファミレス行こ。のこれは恋愛として描写されているのか…?と思うと震えてしまう。わからない。有識者の意見とか見てなくてわからないんだけど…みんなどうしてるの?この気持ち…😭🫀
聡実くんが狂児をやっつけようとしてることだけなんとなく伝わってくる。頑張れ、思い知らせてやれ。傷付けてもいいし、めちゃくちゃにしてやればいい。
絶対とってくれ!誰に何言われてもとってくれ!私が水戸の代わりに働くから!ここは私に任せて!行けーっ!洋平がアメリカに行くのでもいい。行け!水戸!有給使えー!!#よはなよ∞