🍓庭戸のキャンプ地🍓

🏕️niwato no camp ti🏕️

創作や生活など、全部のことを喋るよ。

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分人という考え方について、暗黒館の殺人に寝食を削るほどハマってたとき、考えてたことを思い出す。※推理小説のはちゃめちゃなネタバレなので畳むよ!

中也くんにとって、玄児さんとの別れは、単に玄児さんその人との別れではない。同時に「中也くん」との別れでもある。なぜなら「中也くん」は玄児さんとの間にしか発生し得ない分人だから。ご丁寧に名前まで付けてあるんだからすごくわかりやすい。玄児さんが死んで、中也くんは、もう中也くんでいることができなくなった。そういうわけで彼は最後に名前を明かして、中村青司に戻った。
自分の同人誌の中で「中也くん」という名前について「そう呼ばれていましたね」と書いたときとても悲しくなった…。あのときあなたと一緒に死んだ私。青司さんが恋しいのは玄児さんであると同時に「中也くん」でもある。あなたの愛を受けていた私。
そういえばもうすぐダリ祝だ🍷畳む
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『私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)』
a.co/580rx2D

ずっと前にどなたかが紹介してて気になってた本。読んだ。かなり実感と合致してて腑に落ちた。すごく面白かった。

以下散漫な感想

◾️「”本当の自分”は存在しない」というのは、少しショッキングな字面だけど、読めば読むほど温かい考え方だと思った。前に伊沢さんの個性の使い分け方が好きって書いたことを思い出す。

◾️依存先を増やすことがメンタルの安定に必要という話があるけど、この分人という考え方もそれに近いものがある。

◾️#愛について の項目がすごく良かった。「あなたといるときの私が好き」を軸にして考えていいんだ。それは自己愛じゃなくて、ナルシズムじゃなくて。
◾️恋と愛の違いについても軽く論じられてた。前から思ってたけど私は恋が描けない自覚がある。友情?愛情?みたいなBLしか描けない自覚ある。よく言われる。なんでだろうね…。特に性的スリルを伴う恋のトキメキを描くのが難しい。

◾️私ミステリアスなキャラクターって好き。どれが本当のあなたなの?と思いたくなる、どれか一つが真実であると。でも実際にはそのどれもが全て真実であるというのが正解。嘘はついてなくて、全てが本当なの。それがたまらなく好き。
例えばダンガンロンパ V3の百田解斗とか、ゴールデンカムイの鶴見中尉とか。ゴーストオブツシマの志村も。多面的な描き方されてるキャラが好き。(百田は制作サイドがどこまで意図したか謎だけど)

◾️好きなのはあなたの全てじゃなくて
風のような傷跡のような海の響きのような……🥲♪(エロティック/salyu)
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『私の心がわかるように』
バイオレット「今…私に口答えをしているの?」めちゃくちゃ良すぎる😭💦たおやかな女性が内に苛烈な情念を秘めてて、それを静かに実行している様がとても好き(ピンポイントな萌え)
ウィンターの「オレのことだけをかわいそうに思ってくれ」もとても良い。良い台詞。私を愛してくださいのこんな惨めな言い換えがあるか…。書籍化してくれないかな…webtoonの書籍化って難しいのかな。

#愛について
◾️私の心がわかるように
バイオレット/女性……親
ウィンター/男性……子
◾️タイタニック
ジャック/男性……親
ローズ/女性……子畳む
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楳図かずおの「洞」っていう短編がすごく好き。
amzn.asia/d/8Zwn8JL

芥川龍之介の「藪の中」みたいな何パターンもの真相が考えられるラスト。
いくつもの真相が重なっていて、作中ではそのうちのどれが取り出されるかは明示されてない。そういうクソでか余白のあるお話っていいよね…思考実験のような、SFのような哲学のような量子力学のような…

長いので畳み 楳図漫画大好きの人

同じ短編集に収録されてる「ねじれた空間」も本当に好き。読んだのは子どもの頃だけど、不思議に救われた感覚があった。楳図の漫画はいつも主観のパワーの果てしなさに眩暈がする。登場人物の主観が紙面をはみ出して現実を触り始める。
必要なのは辻褄ではなく「感情が本物かどうか」なんだと思った。楳図漫画は感情が本物すぎるから、どんなに荒唐無稽な話でも震えるような没入感がある。
夢の中と同じ。どんなにむちゃくちゃな展開でも、夢の中では感情だけは本当。

「ねじれた空間」のオチはめちゃくちゃファンタジーなんだけど、これが単なる脈絡ナシご都合ファンタジーではなくて、人間の脳が生み出した、もう一つの確かな現実なんだろうと思わせる不思議な説得力。私たちが生きるのは、オープンな共有された現実ではなくて、クローズな主観の中なんじゃないかと。閉じた主観の中をそれぞれが個別に生きている。その主観が、現実にはみ出す稀な瞬間が描かれた短編。
楳図かずおは長編だと「わたしは真悟」が1番好きなんだけど、短編があり得ないくらい面白くて好き。畳む
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立川に行ってきた。良いところだった。ザファも観てきた。手作りのPOP?があって可愛かった🤭

実況解説聞けたよ!!マジでマジでサイコーだったぁ…みんなのことをより「選手」として見れたのがすごい嬉しかった!みんなが選手として評価されてる全ての言葉に興奮した!一つ一つの行動の意味と評価が聞けて試合の解像度も少し上がった。なんか、湘北も山王ももっと好きになっちゃったな…
花道の意味不明な動きとかが苦笑混じりに解説されてて嬉しかった。毎回思うけど花道の仕草が1人だけピクサーすぎて、愛嬌ありすぎる。こんなおもしれー男ほっとけないよ。なっ洋平。洋平?


以下、リョータ周りについて改めて思うこと

なんか久々のザファだったせいか…
カオルさんが、自分も周囲と同じようにソータとリョータを重ねて見てしまったことに罪悪感を覚えて、無理矢理にでも剥がそうとして遺品処分しようとしたり「番号変えてもらおうよ」って言ったことがよくわかった。
リョータがカオルにぶっきらぼうになっちゃうのもわかる。本意ではないけどその距離感しか取れないんだよね。
ソータの代わりをやろうとすること。できないこと。自分を見てもらえないこと。だからって「自分を見て」なんて言えないし言いたくもない。そんなこと自分に思うのすら許せない。そういう気持ちを意識のレベルに浮上させることを許してない。罪深くてできない。ソータが好きだから。リョータ自身もリョータよりソータの方が欲しいんだから、カオルさんもそうだと信じてること。

以前「ザファ宮城家は兄弟構成によって誰に感情移入するかが変わる」という旨の意見を見た。その方は末っ子だからアンナの気持ちが1番わかると仰ってた。そういうこともきっとあると思う。私は中間子なんだけどリョータの感じがよくわかる。わかるというか共感できる。

あと普通になんだけど…やっぱりリョータと三井の関係性かなり強めのエモだ…スリーポイント決めた後朦朧とした表情でリョータ(リョータの方角?)を見てる三井のシーンがいい。そしてちょっと眉を上げるリョータ。
リョータは覚えてて、三井はおそらく覚えてないことに、何かシンボリックなものを感じるよね。リョータきっと(少なくとも今今では)言わないんだろうと思うと…。
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ドラクエ11で
①カミュが黄金化が始まったマヤに手を伸ばそうとして引っ込める
②それを後悔していたカミュが2度目は黄金化を恐れず手を伸ばす
のシーンがちょっと泣いちゃうくらい好きで、そこについて思うこと。

長いので続きに。

最初にマヤが黄金化するシーンで、カミュが手を引っ込めたのは普通に正解なんだよね。あのまま手を取ってたらカミュまで黄金化して、解決できる人は誰も残らなかった。カミュが手を引っ込めるという合理的な判断ができたから、その後の冒険を経てマヤの黄金化を解除することができた。

でも、マヤの心が癒やされたのは、黄金化が解けたからではない。今度はカミュが、自分も黄金になってしまうことを恐れずに、マヤを抱きしめてくれたから。手を引っ込めてしまった自分の選択を後悔し続けて、今度は「自分がどうなろうと関係ない。マヤが大事だよ」って迷わず行動で示してくれたから。

だから、たとえ黄金化が解けなかったとしても、2人でそのまま呪われ続けたとしても、手を伸ばして抱きしめてくれた時点でマヤは救われていた。
黄金化が解けるとか呪いが解けるとかは、些事なんだよね。関係ない。

逆に言うと、マヤが絶望した瞬間は「黄金化の呪いが始まったシーン」ではなく「カミュが手を伸ばすのを躊躇ったシーン」であり、そのことをカミュもよくわかってたんだろうな…

心を癒すことと物質的な解決は必ずしも関係しないということをよく表してる素晴らしいシーンだと思う。

マヤがわがままで、カミュに色々と要求するのは、そのモノを通してカミュが私を愛してくれていると確認するために他ならず、お宝や宝石がほしいと言うのは、その要求を通じて兄と過ごす時間や、兄からの愛を要求している。
カミュもそれがわかってるから、マヤが可愛いし大事なんだろうね。

愛は常に、何かを通してしか渡すことができない。モノをあげる、抱きしめる。愛してるよって言う。「愛」そのものを直接与えることはできない。

#ドラクエ #愛について畳む
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私はゆるいQuizKnockファンなのですが…
この記事 いいなって思った。伊沢さんの、自分というブランドを意識してるとこ好き。TPOに合わせて演出を変えてるの好き。

どこでも自分を押し通すのじゃなくて、自分を曲げるのでもなくて、自分のままで、見せる面だけ使い分ける。すごく大人な個性の出し方だなって思う。伊沢さんの「求められてる自分像」をよく理解して、提供できる、勘の良さとサービス精神みたいなものが、気持ちよくて好き。
そういう使い分けって、悪くいうと二面性とか裏表とか言われることもあるのかな?と思うけど、TPOに応じた自分の使い分けが全くないのって、むしろ幼かったり乱暴だったりするなとも思う。
どこでも「これが自分なんだ」をやるブランドもあると思う。それは求められてるイメージが常に変わらないタイプの人なのかなって。それを自分でわかってるかわかってないかは大きいと思った。求められてる自分像を客観視できるかどうかって、大事だなって。
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「頑張る」という概念について思いを馳せるとき、必ず思い出すようになってしまったのが、最近読んで心に残ってる『ケーキの切れない非行少年達』
少年院にいるのは大半が知的ハンディを抱えた子ども。努力という行為を行うためにはその時点である程度の能力がいる。
『頑張ってる人は、誰でも応援したくなる。でも、支援したくないと思うような人にこそ本当に支援が必要なんだ』というような一文があり、刺さるけど苦しいなあ。
頑張ってる人は美しい。間違いなく。
でも頑張ることができない人が、追い詰められることのない世界になるといいな。
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スラムダンク奨学生インタビューを読み終わった。ちょっと傷つくくらいすごい。真剣に人生に挑戦してる姿がすごいなあ…

なんというか、競技って勝ち負けや点数などで明確に結果が出る。その繰り返しに耐えて立ち向かうことって「楽しい」という気持ちだけでは賄えないよね。そこで踏ん張れる胆力に憧れる。精神性の豊かさというか、内面の強さというか。
みんな、常に自分と向き合って、何故やるのか、何をどうやってやるのか…5w1hで自分と対話してる姿勢がすごいなと思う。幸福度とは自己決定度のことだ、という話を思い出す。その結果がどうであれ、自分で考えて、自分で決め、自分で行うことが最も大切なんだろうな、と思った。

以下は自分の話

私は小さい頃に父の影響で柔道をやっていたんだけど、筋金入りの根性なしで、闘争心もなく、試合も怖くて終わったら泣いてたから(弱😂)ずっと、うっすらとしたコンプレックスと憧れがある。それゆえなのか、スポ根ものにめちゃくちゃ弱い。先日観て感動した魔改造の夜も、スポ根的な感動があったんだよね。
他にもスポーツはいくつかやったけど、結局何も上手くならなくて、人生においても色々な面で挫折してばかりで、今のところ唯一続けられているのが、お絵描きだけ…
お絵描きくらいは頑張ろう。畳む
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私は自殺なんて本気で考えたことはないけど、この感覚はものすごくよくわかるなあ。3日経てば今の気持ちが変わるだろうことはわかってる。本当にわかってる。だから今の気持ちを保存し、今の私に殉じるためには、死ぬしかないんだよね。今の私の深刻な気持ちは、明日の私にはわかってもらえないかもしれないのだから。
※私は生きる気満々で健やか✌️
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■7/27放送 魔改造の夜 感想


・人間の最も尊い営み
・努力することの尊さ
・ハイレベルな技術力(意味のあるもの)を駆使して「パンダのおもちゃが大玉を転がす」(意味のないこと)をやるのが粋だっていうのもあるし、それがもっと本質的に、人間の豊かさそのものをあらわしてる気がする
・直接的に何かの役に立つわけではないものに対して全力で力を尽くすことが美しい
・同じ目標に向かって突き詰めた者同士にしか芽生えないお互いへの高度な理解、連帯、ライバルでありながら理解者でもある、美しい
・「大切なのは勝敗ではない」は半分正解で半分間違いだと思える。勝敗は非常に大切だ。正確には、勝敗にこだわって懸命に知恵と努力を重ねること、その営みが最も大切なんだ
・だから負けたときに涙が出るほど悔しいってことが、勝利と同じくらい尊いんだね…畳む
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